東京ハーフマラソン / 一からやり直し!

マラソン復帰を目指す50代ランナーのブログ

自己紹介のようなもの

petaさん(id:run2die)に、はてブロ駅伝2019夏の「かぜ組」メンバー紹介で取り上げていただいたので、良い機会と思い今更ながら改めて自己紹介的な記事を書いてみることにした。

run2die.hatenadiary.jp

 

目次

 

小中学生 

1965年、前の東京オリンピックの翌年に生まれ…ここからやっていると駅伝に遅刻するので、ランニングに関することだけにしよう。

 

子供の頃から運動は大の苦手、徒競走ではビリが定位置、できることなら運動会のない世界に生まれたかった。そんな僕も小学校の高学年になって、体育の授業で校外に出て走る長距離走(1、2kmだったろう)をやった時に確か2位でゴールをした記憶がある。短距離は苦手だけど長距離なら人と競えるんだと初めて認識した。

中学校では当時人気のあった軟式テニス部に入った。入部した人数が多過ぎる為、毎日、きついトレーニング(腕立て、腹筋、うさぎ跳び、長距離走、手押し車、空気椅子などを連続して行うサーキットトレーニングだ)をやらされ、3回練習を休んだら退部というルールでやっとラケットを持って素振りをさせてもらえる頃には70人ほどいた1年生が20〜30人程になっていた。ここでは少し基礎体力と忍耐力は付いたかも知れない。

 

トライアスロン

一気に時間を飛ばして、社会人2年目(広告代理店に勤務)のゴールデンウィークに仕事で(つまり休日出勤になるが)オーストラリアのゴールドコーストに行って「ワールドカップトライアスロン」(今のワールドカップとは別)という大会の運営業務に従事した。といっても、やることは日本から視察に来たスポンサーのエスコートだ。ここで初めてトライアスロンという競技を目の当たりにした。しかも、世界のトップアスリート達の戦いだ(当時からハワイのアイアンマンが世界の最高峰レースであることに変わりはないが、デイブ・スコット、マーク・アレン、スコット・ティンリーというBIG3と言われた選手が揃った凄い大会だったのだ)。

そんな大会の運営業務を数年続けているうちに、自分でもやってみたいという気持ちが生まれ数ヶ月のトレーニング後、能登半島珠洲というところで開催している大会(今でも続いている)にエントリーし完走することが出来た。

その後、数年間コンスタントに大会に出場し、ついには抽選枠で出場権を得た(通常は世界各国で行われるアイアンマンレースの結果で出場権を得る)ハワイのアイアンマンレースでもゴールすることが出来た。実は42.195kmのフルマラソンを走った(といっても後半は歩いた方が長い)のは、このアイアンマンレースが最初だった。この時、腸脛靭帯炎になってしまい、その後は10km以上走ると腸脛が痛むようになった。

 

初マラソン

次に長いランニングをしたのは、妻と入籍した翌週の日曜日だ。我々夫婦を含む自転車繋がりの友人数人でエントリーしていた「つくばマラソン」だった。

折り返し地点までは足の痛みも出ず順調に走ったが、折り返し地点からは腸脛が痛くなり4時間53分でゴールした。

やはりもう長距離は無理だと諦めた。

 

メタボになる前に

それなのになぜランニングを再開したのか?

実はそれから数年経った人間ドックで「メタボ予備軍」の判定が下されたのだ。

会社では「階段クラブ」(エレベーターを使わずに全て階段を使ってそれをツイートする)に入部し、家では朝5kmのJOGをするようになった。この距離では腸脛が痛むことはなかった。

走り始めると楽しくなってくる。そうなると何かレースに出たくなり、2015年のフロストバイト(ハーフ)にエントリーした。ハーフのレースに出るとなると問題は腸脛だ。これを克服しないと走れない。

そこでランニングフォームを作り直すことにした。

教科書は金哲彦さんの「実践 体感ランニング」だった。この中で一番意識したのが体の真下での着地。そして、このフォーム改造で見事に腸脛を克服することに成功した。

ところが、大会の一週間程前に父が他界しこのレースへの出場は出来なくなってしまった。

そこで考えたのが、「東京ハーフマラソン」だった。

東京マラソン」の日にハーフを走るバーチャルレース。

marathon.hatenablog.jp

これに合わせてこのブログも開始したのだった。

 

その後、同じようにバーチャルで「北野マラソン」も開催し、完走した。

ボッチのバーチャルで3時間10分25秒なんて今ではやれる自身がない。

marathon.hatenablog.jp

 

そして、いよいよリアルのフルマラソンに挑戦した。

第一回の「さいたま国際」だ。小刻みなアップダウンが多いコースだったが(第2回からコースは変更された)、なんとかサブスリーを達成出来た。

marathon.hatenablog.jp

 

それから数年、ブログとマラソンを続けてきたが、一昨年の「つくばマラソン」で一旦レースの出場はやめることになった。

この時のつくばも練習不十分で、最後は歩いて3時間42分18秒だった。

これが現在の僕のマラソンの記録ということになる。

marathon.hatenablog.jp

 

これから

そして、今年はもう一度レースに出られることになった。

10月27日 水戸黄門漫遊マラソン 目標:現在の記録、3時間42分18秒を破る

11月24日 つくばマラソン 目標:サブ3.5

3月1日 東京マラソン 目標:出場

という計画だ。

 

いや、その前に

2月28日 東京夏マラソンin城南島 目標:かぜになる

があった。